翻訳のヒント[バックナンバー]

2017年8月 翻訳のヒント (英訳) - 「~して」に注意

 「・・・をして、・・・する。」は和文明細書、特に実施例など手順の説明によく記載されます。当業者ならば誤解なく理解できる場合が多いのですが、原文の意味をしっかりと確認しないと適切に訳せない場合があります。次の例を見てみましょう。

(例)「血清試料に酢酸を添加し、室温に静置して酸処理を行った。」


 上の文で「して」は曖昧な表現なので、これが表す状況は何通りかに解釈される可能性があります。例えば、
(1)「してから(した後)」のように時間的経過と解釈すれば、

Acetic acid was added to the serum sample, and the mixture was allowed to stand at room temperature. Subsequently, the mixture was subjected to an acid treatment.

と訳せます。
(2)「している状況で」のように付帯状況と解釈すれば、

Acetic acid was added to the serum sample, and an acid treatment of the sample was conducted, while the mixture was allowed to stand at room temperature.

と訳せます。
(3)「静置することによって」のように手段と解釈すれば、

Acetic acid was added to the serum sample, and the mixture was allowed to stand at room temperature, to thereby perform the acid treatment of the sample.

と訳せます。
(4)「酢酸の添加と室温静置の両者により」のように手段と解釈すれば、

The acid treatment of the serum sample was performed by adding acetic acid to the sample and allowing the mixture to stand at room temperature.

と訳せます。

 明細書全体を勘案すると、技術的には、酸処理剤としての酢酸を試料に添加し、更に一定時間室温に静置することで、酸処理が完了するとの解釈が合理的でした。従って、(3)の解釈による訳は技術的に正しいのですが、曖昧さを排した(4)の解釈による訳がより適切です。上の例文の解釈のポイントは、「添加し」の「し」も実質「して」の意味で、元々の「して」共々手段を意味すること技術的観点から捉えることにあります。6月の「翻訳のヒント」にも書いたように、原文明細書のメモ書き的表現を訳者自身が整理・再構築する必要があるわけです。この原文を、「血清試料に酢酸を添加すること、更に室温に静置すること、により試料の酸処理を行った。」と訳者が頭の中で再構築することが適訳への道であると思います。



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