翻訳のヒント[バックナンバー]

2016年12月 翻訳のヒント (英訳) - 英語におけるロジック

 便利なもので、日本語には多少おかしいところがあったとしても、読者の想像により書き手の意図が伝わってしまうものです(この点は弊社「翻訳のヒント11月、Redundancy」もご参照ください)。ところが、このような和文原稿を律儀に(或いは機械的に)英訳してしまうと英語圏の読者にはとても奇異な印象を与えてしまいます。これを防ぐには、ロジックの合わない和文を、原文の真意を変えない範囲で一旦再構成してから英訳するステップが必要となります。明細書で実際にあった例です。

1.「本発明において焼成温度は、好ましくは1200℃とすることができる。」

(文字どおりの訳)
 In the present invention, the firing temperature may be preferably 1,200°C.

 クレームに請求される焼成温度の範囲内で1200℃が好ましいという、好ましい態様の記載です。発明者が特定の温度範囲から好ましい温度を選択した結果であることを言わんがために「できる」という表現が使われることがあります。これを may を使って訳した場合、1,200°Cは好ましいが、他にも好ましい温度が存在すると解釈される余地を残します。1,200°Cのみが好ましいことを明確にするためには、「できる」を訳す必要はありません。「できる」イコール can や may を使うという公式から離れたいものです。

(望ましい訳)
 In the present invention, the firing temperature is preferably 1,200°C.


2.「本発明において焼成温度は900℃から1500℃であり、より好ましくは1200℃である。」

(文字どおりの訳)
 In the present invention, the firing temperature is 900°C to 1,500°C, more preferably 1,200°C.

 この件ではクレームに請求される焼成温度が範囲内で900℃から1500℃で、1200℃が好ましいという記載でした。言葉の勢いで「より好ましい」と書かれることがあります。文字通りに訳してしまうと、好ましさの程度が低い「好ましい」温度は何℃なのかと考えさせてしまいます。ですから、「より」は無いものとして訳しましょう

(望ましい訳)
 In the present invention, the firing temperature is 900°C to 1,500°C, preferably 1,200°C.


3.「好ましくは本発明の焼成温度は900℃から1500℃であり、1200℃が好ましい。」

(文字どおりの訳)
 Preferably, the firing temperature of the present invention is 900°C to 1,500°C, preferably 1,200°C.

 このケースは、好ましい焼成温度が範囲内で900℃から1500℃で、1200℃がより好ましいという意図でした。和文に対応させて、英文で preferably を2回使っているために文意が曖昧となります。この場合、逆に二度目の preferably の前に「より」を意味する more を足せばよいのです。

(望ましい訳)
 Preferably, the firing temperature of the present invention is 900°C to 1,500°C, more preferably 1,200°C.

又は

 The firing temperature of the present invention is preferably 900°C to 1,500°C, more preferably 1,200°C.


 今回の問題点は日本語明細書の曖昧な表現を過不足なく訳した結果、曖昧な英文となってしまうことです。英訳では日本語から英語の方向に集中しがちですが、英語から再考する視点を忘れてはなりません。


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