翻訳のヒント[バックナンバー]

2016年11月 翻訳のヒント (英訳) - Redundancyは時に曖昧さにつながる

 Redundancyというと、「馬から落ちて落馬した」のような例を思い浮かべるかもしれませんが、特許明細書中の redundant な表現はこのような罪のない、単なる「冗長」、「ダメ押し」あるいは「くどい表現」というレベルで済むものばかりでなく、読者や審査官を混乱させる場合もありますので注意が必要です。

 次は或る明細書に記載されていた文章です。  

「第一ポンピング電流Ip1の電流値を示す検出信号をIp1ドライブ回路から取得し…」

 「次に電源の出力電圧電圧値を示す検出信号をヒータ駆動回路から取得し…」

 ここで問題は、「××電流の電流値」「××電圧の電圧値」という表現です。

 これを書いた方の気持ちは、「電流」とはあくまでも「電気の流れ」、つまり現象を指す言葉であり、その測定値とは概念を異にするものであるから、「電流」とその測定値を表す語は使い分けなければならず、測定値の方は「電流値」と記載すべきである、また、「電圧」とは「2点間の電位の差」を指す語なので、その測定値に対しては「電圧値」と表現すべきである、ということかと想像されます。

 しかし、例えば電流に関しては、直流の場合はその大きさということで「電流値」の指すものは一義的に決まりますが、交流の場合は、「電流値」というのは最大値なのか、平均値なのか、実効値なのかわかりません。

 また、書いた方も実際はそこまで区別して考えていないことが多いと思われます。

 よって「××電流の電流値」という表現は一見厳密に記載しているようで、逆にいろいろな憶測を生む表現なわけです。

 さて、これを word-for-word で英訳すると、「第一ポンピング電流Ip1の電流値」は “the current value of first pumping current Ip1” となりますが、上に記載した理由で “current value” とは何を指すのか、また、わざわざ value という語を用いた意味は何なのか、逆に考えさせることになってしまいます。

 それではどうすればいいのか、ということになりますが、今回の事例では、current は「電流」という意味にもなり「電流値」という意味にもなる語ですから、“detection signal showing the first pumping current Ip1”(第一ポンピング電流Ip1(の電流値)を示す検出信号…)、“detection signal showing the output voltage of the power source”(電源の出力電圧(の電圧値)を示す検出信号…)で十分であると思われます。

 言葉を増やすと厳密に表現できるのかというと、そうではなく、逆に不明瞭になる場合が多々あると思われます。よってそういう原文を訳出する際には注意が必要です。


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