翻訳のヒント[バックナンバー]

2013年10月  明細書英訳(機械分野) -「~の間に」に注意!

 機械分野ではよく、「~間に~を備える」とか、「~間に~をかける」、「~間に~を供給する」等という表現を目にします。そして、多くの駆け出し翻訳者は何の疑問も無く、「~の間に」という日本語表現に対してはすべて "between" で済ませているのではないでしょうか?

 原文でイメージされている状況・情報は本当に "between" で正しく訳出されるのでしょうか?

 例えば次のような例を考えてみましょう。
 
 1)「ハウジングとロータとの間に作用する外力」

 2)「電極間に電圧をかける

 3)「イオン間に外力を及ぼす

 4)「温度の異なる二球間に作用する力と熱収支」

 5)「上下に対向する圧電素子の間に外力を印加させる」

 6)「分子間に作用する分子間力の影響」

 7)「架線・パンタグラフ間に作用する接触力の精密測定」

 これらの日本語表現においては「ハウジングとロータ」や「電極1と電極2」のように2つの物体A、Bが存在することは明確です。しかし、「~の間に」という日本語は、A、Bの位置関係を規定するものではありませんので、上の日本語表現を英訳する際には注意が必要です。

 例えば上の1)を例にとってみます。次の英訳はどうでしょうか?

 a) an external force acting between the housing and the rotor

 図面がないので状況を正しくイメージするのは困難かもしれませんが、日本語nativeの方でも、この英文は意味不明であることがお分かりになると思います。なぜならこの"external force"なる「力」が一体どこにかかっているのかが述べられていないからです。力の存在を言う以上、それが何処に作用しているのかを分かるように書く必要があります。

 この件は、実は「ベアリングを介してロータがハウジングに支持されている」状況において、ロータが外力を受け、その力がハウジングに及ぼされる場合と、その逆にハウジングが受けた外力がロータに及ぼされる場合とをまとめて「簡略に」述べたもののようでした。日本語ではこのようにかなり情報が脱落していることがあり、しかも、著者も読者もそれに気づいていないことが多々あります。何の気なしにa) のように英訳した後で、ネイティブから「どういうことを述べたいのか?」と質問されて始めて曖昧な表現であったことに気づくわけです。

 2)の「電極間に電圧をかける」の英訳として次のb)はどうでしょうか?実はインターネットの「Weblio英語例文」にも収載されている訳です。

 b) apply a voltage between the electrodes

 電極間の空間に対して電圧をかけるのでしょうか?勿論そうではなく、電極Aの電位と電極Bの電位に差、即ち電位差、が生じるように、一方の電極に対して電圧を印加するわけです。

 よってこれも本来は、apply a voltage to a first electrode so as to produce an electric potential difference with respect to a second electrode という発想をまず持つべきでしょう。そしてその上で、状況にあわせてより簡潔・適切な英語表現を探す必要があります。

 3)の「通常はローラーとローラーの間に粉末香料を供給し、圧縮する」の場合も、もし "between two rollers" と書いてしまうと2つのローラーが大きく離れている様子がイメージされてしまいます。実際は、ローラーとローラーの接触部(ニップと呼ばれます)に粉末香料が供給されてはじめて「圧縮」が可能になるわけですから、英訳するときにはその点に留意して、 ... is fed to the nip of the two rollers ... 等と書けます。

 駆け足になってしまいましたが、こういう日本語・英語の違いにはなかなか気づかないものです。対処法としては、とりあえず原文に「~の間に」が出てきたら、一旦立ち止まって構造や状況を良く考えてみる、ということでしょうか。

 更に、最近は機械翻訳、ネット翻訳が多用されてきていますが、機械翻訳では殆ど必ず「~の間に」は "between" と訳出されますのでご注意ください。

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