翻訳のヒント[バックナンバー]

2013年2月  機械関係の明細書英訳 - 実際の訳例に基づいて

 機械分野の英訳で第一に心がけなければならないことは、構造を正しく認識すること、そして、部材同士がどのように作用しあうことで意図する動作を達成するのかを理解することです。

 その際、原明細書の日本語表現は、構造や動作を表現するための一表現例であると考えなくてはなりません。例を挙げてみましょう。

 今、皆さんの目の前に、機械分野の本発明品である或る物体が一つあるとします。その場合、機械発明における真実、即ち「その物体の構造」は、ただ一つしかありません。簡単に言えば、「真実は一つ」です。しかしながらそれを言語で表現しようとすると、100人いれば100通りの表現が出てくるかもしれません。

 そして、原和文明細書を書いた方は、もしかしたら時間の制約を受け、あるいは経験不足から苦し紛れの表現をしてしまったり、なんとかわかりやすくしようとするあまり却って冗長でわかりにくい表現にしてしまっているかもしれないのです。

 ですから、その苦労をよく理解した上で、「何を表現したいのか」をまず読み取るようにしてください。その段階を経ずに単に文言上存在する日本語を英語に置き換えると、英文として不自然なものとなったり非論理的なものとなったりしてしまいます。

 以下は或る機械分野の明細書の一部です。

…… 前記照明手段(120)は、前記撮影方向(P)に対する周方向に沿って配置した複数の光源(121)を有する。……

これに対し、次の訳文があがってきましたがこれは良い訳といえるでしょうか?

(元訳)The illumination means (120) includes a plurality of light sources (121) disposed along the circumferential direction about the image capture direction (P).

 撮影方向は、中心線や軸線ではなく向きであるため、「撮影方向(P)に対する周方向に沿って」を原文通り翻訳すると不明確になります。図面を参照しつつ考えると、日本文を書いた人の気持ちは、「撮影方向を矢印で考えてみたとき」、「その矢の軸の周りを囲むように」ということではないか、と思いつくはずです。

 よって、例えば「前記撮影方向(P)に延びる仮想直線の回りに配置した複数の光源(121)を有する。」と解釈して翻訳する必要があります。

 そのように考えて修正したものが下の訳例です。

(修正訳例)The illumination means (120) includes a plurality of light sources (121) disposed around an imaginary line extending in the image capture direction (P).

 PCT出願が増えてからは、「忠実な翻訳」が喧伝されるあまり、言語というこの不完全なものに対して、「翻訳者は解釈してはならない」という誤った信仰をお持ちの方も未だ多いようです。それも弁理士の方よりも翻訳者に多いようで、これは単に責任逃れの口実としか思われません。

 解釈し理解することなくして正しく伝えることはできません。一切の解釈を禁ずるのであれば、機械翻訳で十分なのです。翻訳者の方はこの点を十分念頭に置いて日々研鑽いたしましょう。

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