翻訳のヒント

2010年11月 何通りかの訳から適訳を

ある和文を英訳する場合、文構造の異なる何通りかの英文を思いつくと思います。それら候補から適切な英文を選択する際、特許の英訳においては注意すべきことがあります。クレームでは特に注意が必要です。「初出の名詞は定冠詞(the)でなく不定冠詞(a, an)で導く」ことを金科玉条のように考えている翻訳者もいるようですが、これではobjectionを受けることを免れません。次の例を見てみましょう。

例:(原文)
【請求項1】発光層上にグラファイトからなる保護膜を有する半導体発光素子。
【請求項2】前記保護膜の厚さは100~200nmである、請求項1に記載の半導体発光素子。

ここで、【請求項1】は次のように訳せます。

1. A semiconductor light-emitting device comprising a light-emitting layer, and a protective film formed of graphite and provided on the light-emitting layer.

では、【請求項2】の訳としては次のどれがいいのでしょうか?

(例1)
2. A semiconductor light-emitting device according to claim 1, wherein a thickness of the protective film is 100 to 200 nm.
「厚さ」が初出だからという理由でa thickness としてしまうと、膜厚を規定する記述になりませんので原文の意図に沿っておらず、よくありません。

(例2)
2. A semiconductor light-emitting device according to claim 1, wherein the thickness of the protective film is 100 to 200 nm.

(例3)
2. A semiconductor light-emitting device according to claim 1, wherein the protective film has a thickness of 100 to 200 nm.
例2、3は共に可能な訳ですが、クレーム1に記載の「保護膜」を更に限定記述する形式で書かれている点から例3が最も良いと言えます。

クレームはその性格上、複雑な構造の文となることもしばしばありますが、上の考え方を押さえておくとよいでしょう。


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