翻訳のヒント[バックナンバー]

2020年12月 翻訳のヒント(和訳) - "is formed" の訳し方

 化学分野では、動詞 form は他動詞として「形成する」と訳したり、自動詞として「生成する」と訳すことが多いと思います(翻訳のヒント2012年9月の「受動態の訳し方」もご参照ください)。形成も生成も動詞 form の原意である「形をつくる」に由来しますが、指針を持って訳者が訳語を選択することが大切です。形成は「ある物に形を与える(give shape to sth)」という状況を、生成は「ある物が生まれる(come into existence)」という状況を考えてみるとクリアになるかと思います。次の各例を見てみましょう。

1.~が形成される

 次の英文で "is formed" はいずれも他動詞 form の受身形として「形成される」と訳すのが適切です。ある原料からコーティング膜が成膜されたり、原子間に化学的な構造(ネットワーク等)が作られる状況は「生成する」ではなく「形成される」と認識した方が自然ではないでしょうか?尚、この「形成」を、状況の説明ではなく、意図的な行為として表現する場合には「~を形成する」のように能動態として訳すと自然です。

A coating film is formed on the substrate.
A double bond is formed between two carbon atoms in the molecule.
A three-dimensional structure is formed in the dendrimer.

2.~が生成する

 次の英文で is formed はいずれも「生成する」と訳すのが適切です。もちろん酢酸(acetic acid)やポリマー(polymer)も微視的(分子レベル)には「形」を持っていますが、このような場合、原料から生まれた化学物質(即ち、物)の形状よりも物質の存在(物)に焦点が当てられます。化学分野では特に多いケースです。

Acetic acid is formed through hydrolysis of ethyl acetate.
The polymer is formed from monomers A and B.

3.しかし状況によっては

 次の英文は、タンパク質の複合体や銅錯体(配位化合物)が作られる(is formed)状況を表現しています。

A complex X-Y is formed through association of protein X and factor Y.
The Cu complex is formed from phthalocyanine.

 タンパク質複合体や銅錯体はある程度大きさを有するので、物質としての存在(即ち化学種)だけでなく構造体としての意味も持ち併せます。従って、複合体 X-Y や Cu錯体の種に重点を置くならば「~が生成する」と訳せますし、それら構造体の形状や組み上げられる過程に視点をあてる場合には「~が形成される」とも訳せます。文脈によってどの局面を重要視するかで訳が決まります。

 以上、動詞 form を適切に和訳するには form の対象を考慮することはもちろん、文脈や技術的背景などを考慮する必要があることがわかると思います。また、「形成」と「生成」に拘泥せず、「製造される」、「発生する」、「生じる」等の訳語を選ぶと良い場合もあります。つい簡単に訳してしまいがちな form ですが、訳の前に少し立ち止まってみましょう。



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